遺伝子の出現と、それが関与するであろう形質や表現型の出現の時期のづれは、どう説明したらいいのであろうか?
カンブリア爆発のかなり前に、必要な遺伝子は「ほとんど」存在していたのに、どうしてそれらの遺伝子の出現と同時にカンブリア爆発のようないろいろな動物門の出現がなかったなのだろうかという質問と同義です。
もちろん、遺伝子がなければ表現形の発露はありようもないので、遺伝子の出現より早くに表現形があらわれることはあり得ないので、上記の質問になるのです。
これは、ある表現形の出現に必要な遺伝子は、ばらばらな遺伝子の集まりとして、つまり遺伝子セットとして存在していたと考えられます。
しかし、これでは表現形の出現に不十分であったと思われます。それぞれの遺伝子が、ある統合化された中できちんとした役割を持って制御されながら連携しなければ、遺伝子発現の総体として、特定な表現形の発露に結び付かなかったのでしょう。
この制御された遺伝子の連携を、いま私達は、遺伝子「ネットワーク」とか、遺伝子「パスウェイ」あるいは遺伝子「カスケード」という訳です。とくに、ゲノムワイドでこれらの遺伝子発現の総体をみるとき、「ゲノムネットワーク」といいます。
では、このゲノムネットワークを構成するには、何が必要だったのでしょうか?
教授は、おそらく、ばらばらの遺伝子を連携させるキーとなる遺伝子が必要だったと考えています。この遺伝子は、ひとつのネットワークに対して、わずか1個か数個のもので、遺伝子の発現調節に関与するものであったはずです。しかも、ネットワークまではないものの、その遺伝子は多く遺伝子と相互作用ができたものだったのでしょう。いわば、その遺伝子を中心に放射状に複数の遺伝子が相互作用しているようなセットが多数存在していたのでしょう。
このような放射状遺伝子セットを複製しようとするとき、すべての遺伝子セットを重複させる必要はありませえん。放射状セットの中心の遺伝子を重複させさえすれば、もうひとつの放射状セットの複数の末端の遺伝子と相互作用が一瞬にして出来上がります。その後、突然変異の蓄積により、ある遺伝子間の相互作用が消えたり、末端の遺伝子間の相互作用ができてみたりすることにより、1つの中心的な遺伝子の重複だけで、2つの放射状遺伝子セットが大きな1つの別のネットワークとして出現できるようになります。この中心的な遺伝子を、空港ネットワークにおける「ハブ空港」のようにみえることから、「ハブ遺伝子」と呼ばれたりします。
いわぶハブ遺伝子の重複によってできてきた大きなネットワークすべてが、表現形質の発現や画期的な形態形質の出現に寄与するわけではありません。特に、そのような寄与するハブ遺伝子を、「画期的遺伝子」と名付けます。
したがって、この画期的遺伝子が短期間に数多く重複することによって、「カンブリア爆発」のようなことが可能になると考えます。
それでは、ゲノム上に数万個も存在する全遺伝子のなかで、画期的遺伝子だけを選んで短期間に重複させることは可能だったのでしょうか?おそらく、現在の分子機構を知る限り、「選んで」重複するような機構はないと思われます。では、一体どうやってのでしょうか?
答えは、ゲノム全体を重複させる「ゲノム重複」しかなかったと想われます。ゲノム重複は、画期的遺伝子以外も全部重複させてしまいます。このため、不要で有害な遺伝子ネットワークを多数できたはずです。そして、さまざま表現形をもつものを出現させたと想われます。しかし、このような個体は、自然淘汰によって集団から排除されてしまったはずです。
つまり、カンブリア爆発は、現存する動物門以外のより多くの様々な表現形や形態形質をもった生物が出現したはずです。それらの多くは自然淘汰で消失していったものと考えられます。ですから、現存の動物門を残すには、それをはるかに超える「カンブリア大爆発」が、ゲノム重複によって引き起こされたと考えられます。
いまから4億5千万年から5億年前に、1回あるいは2回の「ゲノム重複」が起こったといわれています。これによって画期的な遺伝子の重複が可能となり、ものすごい数の異なった生物が出現し、淘汰されて現在の動物門が出現したと考えられます。
ハブ遺伝子、ネットワーク、画期的遺伝子、ゲノム重複などが、「カンブリア爆発」を説明するカギなのです。