生活面までも含めて助け合って生きていく人的なネットワークに、「日本人」というidentityでつながって助け合っていく。そういう日本人という人的なネットワークを構成する経済活動を中心とした組織を「和僑」というらしい。
本来の理想であるglobalな視点でいえば、cheapなnationalismにもとずく愛国心よりも、国際人としての確立のほうがあるかに崇高で健全であることは間違いありません。
しかしながら、一方、生産基地も就職口も市場も外国で、何故「日本」かというと、「日本に生まれた」あるいは「日本人」という、皮肉にもその根源的なnationalismで人的なネットワークが構築されていく。
約30年前、アメリカのヒューストンという町で、家内が長女を出産したとき、どの産婦人科医がいいのかどうかがまったくわからない状況に置かれました。そのとき、当時准教授であって現在は有名な大教授になっている中国人の友人が、まさに「華僑」的ネットワークで、一日のうちに詳細な情報を収集してくれたことは、鮮明な記憶として今も残っています。