だれかが、今から先のビジョンを示してくれるのを待つ。しかし、それは、出現もしないヒーローの幻想を期待しているだけなのかも知れません。
自身が何かをしなければならないし、何かをしたいのだけれでも、それが何であるかが長期的には明確に見えない現実。その現実が、もっとも直近ですぐに貢献できる「震災復興のボランティア志願」に拍車をかけているように思えます。
昔の言葉でいえば、それは「生き甲斐」なのかもしれません。やはり「生き甲斐」を持ちたいのに持てない状況が、先の見えない今の社会だけに、奥深く存在しているのでしょう。