啐啄同時

若手研究者を応援するオヤジ研究者の独白的な日記です。

プロスワン(PLoS One)の躍進

 最近の新聞記事やテレビなどの科学的な記事の引用に、プロスワンという国際的な学術雑誌がよく取り上げられているのがよく目につくようになりました。
 プロスワンは、PLoS BiologyやPLoS Geneticsなどの有名な国際学術雑誌のいわゆる「プロス・ファミリー」に属します。
 PLoS Biologyは、いま大流行のオープン・アクセス・ジャーナルの走りというか、パイオニア的な存在でした。当時、この雑誌の立ち上げ時には、アメリカ人の複数の当事者から何回も相談を受けたことを覚えています。
 このこともあり、ヒトの遺伝子統合データベースのH-Invの出版のときも、アメリカとイギリスの編集担当者と国際電話で幾度なく協議しました。そして、厳しいレビュープロセスの後、結局、PLoS Biologyの創刊第2号に出版されました。Editor-in-Chiefは、創刊号に出させて欲しいと懇願されたのですが、当時別の有名雑誌からの引き合いがあり、時間的にうまい調整が取れませんでした。しかし、一旦出版されると、引用回数の週間トップを繰り返し、この雑誌のImpact Factorをかなり押上げ、その年の終わりに、その貢献によって、この雑誌から記念品をいただいたことを思い出しました。

 PLoS GeneticsのAssociate Editorを、教授はもう長くやっていますが、プロスワンを始めるときは、プロス・ファミリーのEditorやAssociate Editors達で、テレカンファレンスが招集され、みんなで議論しました。教授は、正直なところ、良い論文とそうでもない論文の玉石混合的な新しい雑誌の発刊には、積極的に賛成ではありませんでした。しかし、このとき、プロスワンの事業モデルの革新的な面を教授自身が本当に理解していなかったなのでしょう。つまり、当時、オープン・アクセス・ジャーナルの事業モデルの理解が足りなかったということになります。
  その革新性というのは、「雑誌の読者がお金を払うのではなく、投稿者がお金を払う」という事業モデルであったのです。このため、プロスワンの受理率は何と70%以上ともいわれています。一方、非常に頻繁にかつ活発にマスコミへの論文記事の公開をしており、それがオンライン・ジャーナルにもかかわらず、これほどまでに躍進した原動力になっているものと思われます。