教授が主務とするサウジの大学KAUSTでは、最近リーダーシップの教育講座への参加をよく求められるようになってきています。KAUST学長が、大学のリーダー職にある人達は意識改革が必要だとの強い思いから来ているようです。
本日は1時間の講義とグループに分かれての議論で1時間、昨日のリーダーシップ・カンバセーションという自己啓発セミナーではなんと2時間もかけてありましたら。
教授を含めて結構いい年齢を重ねた人達ばかりなので、課題を与えられて小グループに分かれて解答を出すことが求められるグループ・セッションでは、なんか「そんなこと訓練されなくとも知っとるわい!」という態度と発言が最初は多かったのですが、欧米人が多いせいか議論が始まると、我こそ発言せねばというような大議論に発展してしまうのでした。
例えば、「リーダーシップを新鮮に維持するための方法は?」という課題の議論においては、与えられた時間の15分は長すぎて身がもたないような最初の雰囲気が即座に一変してしまい、我先にの大議論が始まるのでした。謙遜や遠慮をモットーにする日本人が教授のだだ一人とはいえ、ここで埋没しては存在感がなくなるので、教授も先を争って多少は割り込みながらも主張をしてしまうのです。
ただ、こういう議論でも頭がいい人は確かにいて、英会話の技術論とは別に、その人の一言の発言で解答が即座に出て、そこで大議論が直ちに終わるということがあるのでした。例えば、先程の「リーダーシップを新鮮に維持するための方法は?(What is the ways to sustain the leadership fresh?)」という課題に、「communication, Rotation, and evaluation」と答えた人がいて、その回答で議論が直ちに終わってしまったのでした。
つまり、いつも部下との「コミニュケーション(communication)」をとってフィードバックを得て新鮮さを保ち、リーダーシップは定期的にローテーション(Rotation)で人材の入れ替えを行って新鮮さを保持させ、そしてリーダーシップのパーフォーマンスを評価(Evaluation)してリーダーシップの新鮮さを保つのだと、主張しているです。「ズバリ正解!」と叫びたくなるほどの端的で合理的な名答ではないでしょうか。
でも、さらに頭のいいのがいて、これらの解答を直には言わず、「その学部職についてもう何年目?」などと聞いてくるのです。「ローテーションが必要だよ!」暗に言っているのです。これに輪をかけたようにさらに頭がいいのがいて、「来年の学部長職はきみに譲るよ!」と冗談で切り返して、「ローテーション」でリーダーシップの新鮮さの維持を図るということを暗示させているのです。
このような英語による高回転で機微に富んだ会話についていけないと、議論に置いかれるだけになってしまうのです。たとえ、切り込んだ発言したとしても、その内容に切れがないと、冗長な議論になってしまって引き締まらなくなってしまうのでした。
この核心をついたような論点を、ハイグレードで面白おかしく議論できないと、リーダーシップの高級な会話にはなかなかついていけません。まして、これを英語でこなせねばならないのです。英語の発音がどうのこうのという以前に、ぱっぱと切れるような論陣が張れるような思考能力とそれを即に表現できる豊富な語彙を英語で持っておかねばならないということになります。