啐啄同時

若手研究者を応援するオヤジ研究者の独白的な日記です。

「生徒諸君に寄せる」

 朝日評論」1946年4月号に掲載された宮沢賢治の詩一遍は、教授が最も好きなものです。
今回、別の原稿の執筆の際、この詩を取り上げたため、全文をここに引用します。                                         
宮沢賢治詩・「生徒諸君に寄せる」



         
中等学校生徒諸君


諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか


それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である



諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか


今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見え


しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ


むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ


諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ


宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか


新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ


新しい時代のコペルニクス
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て


衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ


新たな時代のマルクス
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ


新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ


おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少くとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである


潮や風……
あらゆる自然の力を用ひ尽くして
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ


ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか


註)故宮沢賢治作「生徒諸君に寄せる」の詩一遍は、岩手県稗貫郡花巻町の故人の生家に住んで、その作品の整理紹介に畢生を献げている令弟清六氏の手によってこのほど空爆で罹災した書類のなかから発見されたものである。草稿は故人が晩年、技師として招聘された東北採石工場との往復書簡の堆積の底から発見されたパラパラのノートの頁何枚かの裏表に、赤インクで書かれてゐる。用紙、筆跡などから見て1927年(賢治氏発病の前年、当時32歳)の作品らしく、作品番号1090番前後のものと推定される。
(引用(写真も含む):http://why.kenji.ne.jp/asahi.html